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楽しいという気持ち

2011.11.18

魚が釣れても市場で売ることはできないはずだ。釣りに行って一日潰して、何の利益もないと思うのだが、それでも1000万人の釣り人たちは休日を潰して釣りに行く。入漁券を買ったり、エサを買ったり、船をチャーターしたりする。名人の作る釣り竿を、一〇万、二〇万円払ってでも争って買おうとするのはなぜなのだろうか。名人の作った竿を使えば、安物の竿を使う友人よりも、釣果は増えるのだろうか。何%増えるのか知らないが、増えた釣果で高い道具代のモトが取れるのは、いったい何十年後になるのだろうか。

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こんなことを言うと、釣りをする人もしない人も、きっと反発されるに違いない。その通り。あなたが正しいのです。趣味の世界を、経済原則で解釈しようとすること自体が間違いなのだ。それを称して野暮という。趣味というのは、自己実現の楽しさを味わう行為なのだ。問題になるのは「楽しいかどうか」だけ。お金が問題なのではない。趣味の世界には価格裁定が介入する余地はないのである。ハシタ金に誘われて蟹工船に乗せられてしまったプロレタリアートにとっては、船上で無理やり強制させられる労働が、ブルジョアが釣り船をチャーターして金を払って喜んでする行為と同じものとは思えない。思えないが、しかし両者が行っているのは、まったく同じ。釣りという行為である。蟹工船に乗れば、曲がりなりにも報酬を貰うことができるが、ブルジョアが釣りをすることの報酬は、ただ一つ。楽しいという気持ちを味わうことだけなのである。